まだ見えない未来に今を叫ぼう

JUMPとKAT-TUN、ときどきJr(SixTONES、井上瑞稀)

Hey!Say!JUMP10周年に寄せて

遅ればせながら、Hey!Say!JUMP10周年おめでとうございます。
なんていう微妙なタイミングだ。

京セラドームで行われたドームツアーに行ってから、懐古が止まらない。
とは言うものの、私はデビュー当時からのファンではない。
伊野尾くん担になったのは中学一年の夏、今から九年前である。
九年間受験で一時期JUMPから離れたり、KAT-TUNやらJr.やら事務所内の他グループにも興味が出てきたりと紆余曲折もありながら、結局は伊野尾担を名乗っている。

懐古が止まらないのでここに文章として書きとめようと思う。

きっと長くなります。
長くなりすぎるので途中でKAT-TUNやらJr.やらに興味を持ったことについては省きます。

※ただの私のJUMP担としての歩みです

【2008】

◻夏ごろ

当時中学一年だった私は、ジャニーズ事務所について一切知らなかった。
日本に生きててジャニーズ知らないやつとかいる????というのが一般論だろうがいたんですここに。
地方出身でテレ東系の放送が無いこと、父が厳しくて夜9時には寝なくてはならなかったこと(=ドラマは殆ど見ていなかった)、家族にも芸能人が好きな人はいなかった、小学校の時仲の良い友達が殆どいなかった、ということが原因だったと思う。(まじで友達いなかった。性格悪かったからだと我ながらに思う。)

小学6年のとき友達に誘われてHEROを映画館に観に行ったときも、「ああ、キムタクのやつね」と母に言われたがキムタクが誰なのか全く分からなかった。
(観に行ってから、あー観たことあるわ、この人がキムタクね、と認識した)

そんなレベルの私が当時メディア露出0といっても過言ではないレベルの伊野尾慧くんに出会ったのは本当に偶然だったと思う。

中学に入り、部活に所属し始め沢山の先輩や同期と出会った。
そして先輩の1人に、山田くん担がいた。
Hey!Say!JUMPはおろかジャニーズについてもよく知らない私にとっては誰だそれって感じだったのだけれど、
ある日近所の書店で時間潰しにブラブラしていた時、雑誌コーナーで見つけたのだ。
Hey!Say!JUMPの文字を。

あれ、これって先輩が好きっていってた山田くん?とかいう人がいるやつだっけ、、

そんなことを思ってその雑誌を立ち読みした。
(duetだったことは覚えているけれど何月だったか全く覚えていない。)
そこで衝撃を受けた。

山田くんを探してHey!Say!JUMPのページを開いて、ペラペラ捲っていたときに飛び込んできためちゃくちゃ綺麗な、可愛い男の人を発見した。

それが伊野尾慧だった。

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可愛い。

今や可愛い可愛いと言われている伊野尾くんだけれど、当時は黒髪で特にそんなことを言われている訳でもなかった。
でも私は可愛い!!!!!と思った。
Hey!Say!JUMPで一番顔整っているし一番可愛い
とまで思った。
当時可愛い可愛いと言われていた山田くんや知念くんよりも可愛いと思った。

そんなこんなでジャニーズがなんなのかすらも分からないまま、
偶然見つけた伊野尾くんに取りつかれ、携帯で伊野尾くんについて検索しまくった。

そこで驚いた。
伊野尾くんってあんまり人気ない、、?ということに。
あのグループで一番顔綺麗で可愛いのになんで一番人気ないの意味分かんない。山田くんみたいにドラマに出たり、それじゃなくてもテレビに出て世間に見つかれば絶対人気になるはず。
伊野尾くんの魅力に気づいてないなんて絶対損してる!!!
とまで思った私は(尚ジャニーズに関しての知識0からこの強火伊野尾担状態まで一週間というスピード)
あっという間に、知らぬ間に伊野尾担になっていた。

◻スクラップティーチャー放送、真夜中のシャドーボーイ発売

JUMPというか伊野尾くんが好きになって、まずJwebに入会した。
当時はまだJUMPのFCは無かったし、親にジャニーズにはまったとも行ってなかったからコンサートに行くとかそんなことは頭に無かった。
とりあえずネット上で集められる情報を見たりすることから始めた。

そこで今度スクラップティーチャーというドラマが始まること、真夜中のシャドーボーイという4thシングルが発売されることを知る。
勿論ドラマは毎週見たし、CDも買った。初めて買ったCDだった。

メイキングで動いている伊野尾くんを見て、この人こんなに綺麗で可愛いのに、話すとこんなに面白いんだ、、!と中身まで好きになった。

◻Hey!Say!JUMP氷河期

そして好きになって数ヶ月、シャドボリリースから特に何も起こらないHey!Say!JUMP。
7のラジオが始まったり、高木くんのドラマが始まったりしていたけれど正直伊野尾くん以外にはあまり興味がなかったので聴いてなかったし見てなかった。
冬にはコンサート(Hey! Say! Jump-ing Tour '08-'09)も始まったけれど中学生のうちは一人で遠出はだめだと母に言われ雑誌のレポを読んだりDVDが出たら買っていたという具合で、本当にリアルタイムで動いているJUMPごとが全く無かった。

でも逆にこの空白の時期が、私をどんどん伊野尾くんという沼に沈めていった。

私は好きなことにはどんどん沈んでいく性分だということをここで知った。
伊野尾くんのことについてなんでも、ジャニーズになってから今に至るまで、すべてが知りたかった。
だから携帯で色んなジャニヲタのHP見て過去のエピソードを調べたし(当時みんなモバスペとかでHP作ってたよな、、)、図書館で過去のMyojoを借りれると知って借り漁った。

雑誌を読み込むほど、伊野尾慧という人間の人間性が好きになった。
一つ一つのインタビューへの解答が、地頭が良いんだろうというのが滲み出ていた。
(基本的に頭がいい人が好きなんだと思う。)
一見適当に見えるところも、よくよく見るとすごく考え込まれているというと言い過ぎだけど考え無しに言っているわけではなくて。
あと他人を下げる話をしたりしないところも好きだった。

加えて伊野尾くんが大ちゃん高木くん裕翔くんと共にJ.J.Expressというグループにいたこと、やぶひかはYa-Ya-yahだったことを知り、その二つのグループの動画をYouTubeで漁り、オリジナル曲を聴きまくり、Ya-Ya-yahの番組を見漁り、凄い勢いで情報を吸収していった。


【2009年】

そんなこんなで7コンが開催される頃(2009年春)にはすっかりHey!Say!BEST大好き人間になっていた。
伊野尾担というよりBEST担、と名乗ってみたりしていた。
なぜ7だけなんだと、なぜBESTはコンサートをやらないんだと、7が恨めしく思ったりもした。
今ならその頃のBESTじゃ会場埋まってなかっただろうなと思うけれど、当時は現場に行ったこともなく家から雑誌やネットで彼らを見ているだけだったから、独り善がりに考えていた。

光くんがオルトロス、薮くんが任侠ヘルパーに出たときは本当に嬉しくて、いつか伊野尾くんもドラマに出られたらいいなあと思っていた。

YYは地元では放送してなかったからYouTubeで毎週見ていて、コンサートには行けないからあの古株さんからJUMPのコンサートで一番と名高い天国コンは写真集で楽しんだ。


【2010年】

あと一年早く生まれていれば、東京に生まれていれば、とこの年ほど思った年は無い。
TEN JUMP、SUMMARY2010、最高の現場すぎる。
仕方ない、と我慢して自宅でDVD発売を待っていた。

◻瞳のスクリーン発売

やっと、やっとJUMPがシングルを出す!!!!!
まちに待ったニューシングルだった。

でもふたを開ければ伊野尾くんの活躍していたのはメイキングだけで、でもそれすらも愛しかった。
メイキングで活躍する自担が誇らしかった。
てか殺陣してる伊野尾君美しすぎる

◻JUMPNo.1

待望の1stアルバム!!!!!!
他のグループはどんどんアルバムを出すのに、全然リリースの無いJUMP。
もしかしてJUMPってアルバム出さないグループ、、、?
なんて思ったりしていた。(どんなグループだ。)
そこにきた1stアルバム
しかもメンバーそれぞれが何かしらに携わっていると。
え、もしかして伊野尾くんがっつりピアノ弾いたり!?!?
なんて思っていた頃もありました。

蓋を開ければまあINFINITYでちらっと弾いていただけだったんですけども。
当時の人気度合いから顧みれば妥当だったのだろう。

ただ実際届くとこれがとんでもないアルバムだった。

DREAMER:神作詞家薮宏太
INFINITY:ピアノっっ
真紅:ゲロ重山田さん(最初から重かった)
情熱JUMP:待望の音源化!!!!!
すまいるソング:伊野尾さんソロパート1号「すきっとっいっえっちゃう~」
Memories:音源化
Time:高木くんのことばかだと思ってたごめんなさい
Score:伊野尾さんソロパート2号「なぁらびぃあ~った音符たちが見栄は~り~あ~いな~がらぁ~」
アイ☆スクリーム伊野尾さんソロパート3号「パーティのようなGo my way!」
Dash!!:裕翔くんんんんんん
Thank you:JUMPメンバーによる初の合作(詞)
伊野尾さんソロパート4号「いろんな思いでぇ~」

なにこれ!!!!!

それまで伊野尾くんにソロパートというものはほとんどなかった。
ほとんどというか無かった。
誰かと二人で歌うパートはあっても、一人は無かった。
1stアルバムよありがとう。
大感謝だった。
何度も何度も聞いた。
初回盤のジャケ写なんやこれだったけどそんなことどうでもよかった。

◻ありせか発売

なんだこの曲は、が正直な印象だった。
当時友達とカラオケに行くことが多くて、友達はAKBヲタでAKBばかり歌っていた。
で私はJUMPばかり歌っていたんだけれども曲数が少ないあまりに全て歌い終わってしまってもありせかだけは歌いたくないってくらい余り好きではなかった。
でもメイキングで伊野尾くんが面白ければそれでよいヲタクだったのでまあよしって感じだった(何様だ)。

そんなことよりも

スノウソング:伊野尾さんソロパ5号「信号待ちの交差点」

ソロパああああああああ
って感じだった。
これもしかしてこっから定期的にソロパあんの????
何それ最高
A面にはないけどそれでもいいよ
伊野尾さんにそろぱが
少しでもあるならいいよ
ありがとうございます(土下座)


【2011】

東日本大震災

あの日あの時間は、授業中だった。
殆ど自習のような形で各々がプリントに書き込んでいる中、突然大きな揺れが来た。
ついに東海地震が来たのか
そう思った。地震というものがめったにくるものでは無かったし、どのくらいの揺れが震度いくつなのか、分からなかったから。
校内放送が入って岩手の地震だと知り、まず思ったことはここでこの揺れということは、東京はもっと酷かったのではということだった。

伊野尾くんは大学生だし、もしかしたら大学にいたのではないか。
メンバーは無事なのか。
ジャニーズは皆無事なのか。
部活の時間に携帯のワンセグでニュースを皆で囲んで見ているときも、心配なのはジャニーズのことだった。
家に帰ってからも明治大学のホームページを見たり、Jwebの更新を待ったり、本当に眠れなかった。一刻も早くジャニーズが無事だという情報が欲しかった。

ジャニーズみな無事だと分かり、色んな支援活動をしている様子をテレビや雑誌で見て安心した。
光くんは地元宮城が被災していて、大丈夫だろうかと勝手に心配していた。

Hey! Say! JUMP&「勇気100%」 全国ツアー

待ちに待った初のツアーだった。
高校に入って、やっとコンサートに行ける、ということで本当に嬉しかった。
震災後の自粛もありいつもDVDで見ていたような豪華なセットは無かったけれど、JUMPが目の前を歩いている、JUMPと同じ空間にいる、それだけで楽しかった。
氷河期に散々YouTubeを見ていたからBESTコーナーのto the freedomもリアタイしてないのに大好きな曲だったし、DVD見ながら一人でやっていた振りやC&Rが回りのファンやメンバーと一緒に出来ることが楽しかった。
そして伊野尾くんの美しさにひれ伏すしかなかった。
あと外周で回ってきた圭人を見て生で見るとめっちゃイケメン、、、、とときめき、
生で見る裕翔のファンサマシンぶりに尊敬を通り越して若干引いた。

そして伊野くんへの歓声の少なさ、山田くんへの歓声の大きさにようやく人気の差に実感をもった。
でもある種の優越感みたいなものも抱いた。
みんなまだ伊野尾くんのすばらしさに気づかないの?若い

◻龍太郎の無期限活動停止

楽しかったコンサートから1ヶ月、あの事件が起こった。
たまたま帰宅してからヤフー知恵袋を開いて、たまたまHey!Say!JUMPと検索した。
(当時知恵袋で過去質問を漁ることもJUMPに関する私の情報収集ツールの1つだった)

そこで龍太郎の記事の真偽にまつわる質問を見つけた。
嘘だろう、と思った。
そんなまさか、一ヶ月前に初めて生で見た彼が、同い年の彼が、そんなことするなんて思えなかった。

一晩開けて、朝、龍太郎について報道されていた。

その日は学校に向かって自転車を漕ぎながら、そのことをずっと考えていた。
知らないうちに涙が出ていた。
学校についてから私がJUMP担だと知っているクラスメイトに記事について聞かれたり、嵐担の友達とも何か話した気がするけど余り覚えていない。
本当にショックだった。

なんでこんなことしたの?
慎太郎が最近活躍してて、そういうのがストレスだった?
てか明日OVER発売日なのにどうなるの?
もう龍太郎はいなくなるの?
JUMPは?どうなるの?

はてなだらけだった。

OVERは予定通り発売されて、龍太郎もいた。でもテレビからは龍太郎が消えていて、リリースに伴う音楽番組は不自然に編集されていた。

JUMPは9人になる、きっと戻ってくることはないんだろう、ただのファンながらにそう思った。
龍太郎が特別好きだったわけではないけれど、もう10人でいるJUMPは見られないんだということが悲しかった。悔しかった。
もっと違う道があったんじゃないか。
たらればを沢山考えた。

◻SUMMARY2011

記者会見で薮くんが謝罪したとWSで見た。
毎日の質問コーナーで龍太郎のことを答えるファンがいるとネットで目にした。
Thank youの龍太郎パートを歌う知念くんに歌うなって言うファンがいただとか。
色んな情報を見ていて、少しTDCまで行くのに、気が重かった。

でも実際行ったら、JUMPは全力で頑張っていた。
光くんが半分近くの公演に出れなかったりと色々あったSUMMARYだったけれど、あのSUMMARYでやっぱりこれからもJUMPを応援しよう、と思い直した。
いつのまにか伊野尾くんだけじゃなくて、Hey!Say!JUMPそのものが好きになっている自分に気づいた。
伊野尾君がすきで、やぶいのひかっていう三人が好きで、Hey!Say!BESTが好きで、JUMPにはあまり興味がないと思ってた。
でもやっぱりJUMPっていう グループがすきなんだと、この一件で改めて思った。

マジパで色んな憶測が飛び交ったりしたのも良い思い出。
あとついに音源化されたスクールデイズで2番に伊野尾さんソロパできて大興奮

◻SUMMARY in DOME

眠リノ森とBE ARIVEの演出が死ぬほど好きだった


【2012】

◻SUPER DELICATE

やぶいのに大いに沸いた。

◻TOUR 2012

年始のコンサートは家庭の事情で行ってなくて、アジアツアーは横アリにJr.担の後輩と行った。
聡くんにファンサ貰った(静岡にも来てね!うちわにぐってしてくれた。知念くんも反応してくれた気がする)

◻Johnnys World

私一番の後悔がJW。
あのシーズンは3月の定期演奏会を控えている時期で、部活は毎日だし東京に遠征している場合じゃなかった。
どうせDVD出るだろうし、コンサートじゃないからそれで見れれば十分だ!と判断。申し込みはしなかった。

これがいけなかった。

ふたを開ければなんたる神公演。
既に事務所担に近かった私にとって、夢のような舞台だった。
すぐさま部活が休みな日のチケットを探したけれど詐欺にあって二万円失い、やめよう、DVD化を待とう、という結論に至った。
今考えればメール便でお金をすぐ送ってください、というそんなん詐欺に決まってるじゃんという感じだったんだけれどもそのときはJWに行きたい一心で頭が回っていなかった。

そしてDVD化されないまま、今に至る。
今でもDVD化を祈っています。

◻JW感謝祭

だからJW感謝祭は何がなんでも行きたい!!!
と思い定期演奏会数日前にも関わらず部活を休んでドームに向かいました。

そしてこの頃卒論に取り組んでいた伊野尾くん。
雑誌でもみんながラスベガス行っているのに授業で行けなくて一人大学構内でロケしていたりと、大学生活を重視していた彼。
大事な卒論の時期にあんな大きな舞台が被るなんて相当に辛かっただろうなと思う。
本当に凄いな、と尊敬の意すら抱くようになった。

【2013】
厳密に言えば感謝祭も2013なのだけれどまあJWってことで。

◻ミスヴァ発売

正直最初買うつもりなかったんだけれど、Twitterで山田くんがJUMP求めて叫んでいると見て買った。
JUMP愛しすぎかよ案件だった。

後の1万字で山田さんが「辞めようと思った」と語っていて、ショックだった。
伊野尾担だったけれどもJUMPのファンだったのに、エースのそんな状況に気づいてなかった自分に。
確かにあの頃前年にスパデリをリリースしてから大分間が空いていて、カモナはその後のツアー中のリリース。
1年4か月空いていた。
私としてはシャドボ~瞳スクまでもかなり空いていたし、そんなに気にしていなかった。(能天気)
確かにJWでみんなで頑張ろうと決意を新たにした矢先にソロデビュー。
そりゃ頭真っ白になるわな。。。

このあたりでセクゾとかキスマイもデビューして、担降りも沢山いた。
今思えばあそこが一番の低迷期だったのかもしれない。

◻全国へJUMPツアー2013

待ちに待った、初めてのJUMPが地元に来るツアーだった。
でも私は高校三年生になり部活も引退し、受験生となっていた。

でもJUMPが初めて地元に来るコンサート。
しかもツアー初日。
行かない理由がない。

ということで行きました。
エコパアリーナ
いつも学校のマラソン大会が行われている場所でJUMPがコンサートをやるなんて、本当に現実なんだろうかと思った。

知念くんが楽しそうで、MCでも色んな話題が出て楽しかった。

あと光くんのぷぅ作成もこのツアーだった。
今思えば歴史的瞬間?に立ち会えて良かった。
作られたのさぼねんとなんだったっけ。


これを期に一旦受験ということで距離を置いた。
FCも更新しなかった(後に10周年イベ申し込みで更新しなかったことを後悔するとは知らずに)。
この頃はほんとにコンサートに落選する人なんていなくて、ドーム埋まんなくてスーパージャンピングシートという名の追加案内来るほどだったし。
それに我が担当伊野尾くんも世間に発見される片鱗が一ミリも見えてなかった。
JUMP自体もこんなに人気になるなんて思ってなかったし、後で入り直せばいいやと軽い気持ちだった。

やっとドームが埋まるようになったとメンバーが涙していたドーム公演から一年後にこんな具合だった。
JUMPは本当につらかったんだろうなと思う。
でも私も受験だったからさ、ごめんなさい。。。
実際大して勉強もせずある程度勉強して受けたら入れるレベルの私立にスルっと入ってごめん。。。。。

◻Johnnys Film Festa

早速離れられてないやんっていう。
オープンキャンパスにかこつけて嵐担の友達と行った。
伊野尾くん棒演技すぎて笑った。それすらも可愛い
事務所担的に御馳走様ですという感じでした。


大学受験に関しても伊野尾くんにすごく影響を受けたことは確かだと思う。
現場にもっと行きたくて、東京の大学に進みたかった。
でも何を勉強したいのか分からなくて、そういえば伊野尾くんって建築学科だったよなと調べてみたときに、設計以外にも色んな勉強ができることを知った。
その中で今専攻としていることを見つけて、この勉強がしたい、と思った。
だから伊野尾くんがいなかったら私は今の大学に居ないだろうし、大学に入ったことで出会えた沢山の人たちと出会うこともなかった。

逆に伊野尾くんに出会わなければ多分小学生時代のまま趣味が勉強で中高を過ごしたと思うので国公立の大学にするっと合格していたんじゃないかなとも思うけど、こんな楽しい沢山のことに出会えてなかったなんて損しすぎだから良いんです。飽き性だから勉強できてたとも限らないし。

ちゃんと私がジャニーズ我慢して勉強してればよかったんだけどね。
机に座るとTwitter開いてレポ漁り出すしパソコン開くとYouTube見始めるんだから勉強できるわけがない。

◻百秒アカデミー

そして突如決まるやぶいのレギュラー!!!!
本当に嬉しかった。
Qさまに二人が出たことも嬉しかった。
大学出たってことでの出演で、伊野尾くんが頑張ったことが報われた気がして嬉しかった。
Qさまで三村さんに可愛い可愛い言われまくってやばい伊野尾くんが見つかるって思った。

百アカは半年でなくなってしまったけど、それでも毎週テレビで見られるということが初めてで、ほんとに嬉しかった。
洞窟ロケとか爪痕残せたし。

◻RWM

そしてそして
ついにきたA面でのソロパ!!!
1番ではないから歌番組では披露されないとこだけれど、
A面でのソロパきたあああああ
って大興奮でした。
(さっきから嬉しいしかいってない)
あとsurviveする為誰か蹴落とす薮様にひれ伏した。蹴落としてください(違)。

【2014】

◻ダークシステム

受験も佳境という頃、伊野尾くんがついにドラマに出演することになった。
正直フィルフェスでの演技を見ていたから大丈夫なの??という思いも強かったけれど、伊野尾くんに仕事が来たということがただ単純に嬉しかった。

◻AinoArika

スーパーひかいのシングル
突如Aメロで前に出てくる伊野尾さん。
ついに伊野尾くんの時代がきた、、、、!!
そう思った。
※主演は光くんです。


受験を終え、決まった頃に進学し、東京に来た。
でも委員会に入ったり授業が忙しかったりでバイトができなくて仕送りだけでの生活だったから、FCに入るのは見送っていた。
つまりコンサートには行っていなかった。

雑誌を見たり、リリースされたらCDDVDを買う、コンサートやればTwitterでレポを漁る、という感じ。
離れた訳じゃないけれど、現場は行かない、という感じだった。
中学のときも現場行けてなかったから、それほど辛くはなかった。元々コンサートってパフォーマンスの出来よりも、メンバーが誰とどんなことを喋ったのか、どんな絡みをしたのか、ということを知るのが自分の中で大事だったから。内容自体はDVDで見れれば良いなという感じだった。

そんな間にありとめのヒルナンデス、ありたかのラジオが始まり、そしてなんと同時期に三人のドラマが決まっていた。しかもそのうちの一人は伊野尾くん。
本当に嬉しかった。
金髪はちょっとうーんって感じだったけど
回を追うごとに少しずつ上手くなっていて。
やぶいのでブランチ出たりもして。
あのあたりから伊野尾革命はおき始めていたと思う。
「露出さえあれば伊野尾くんは絶対に売れる」、中1のときに思っていたことが、やっと現実になり始めていた。

そこからどんどんメンバーの舞台だったりドラマだったり映画だったりが決まっていって、
いたじゃんっていう初の冠番組も決まって、事務所がJUMPを推してくれている!と思った。
あの氷河期はなんだったんだろうっていうくらい。

あとウィークエンダー
ついに事務所が本気でJUMPを売り始めた曲だと思う。
その年のジャニーズ楽曲大賞でぶっちぎり一位を取ったのもいい思い出。
ジャニヲタが嫌いなわけがない。


【2015】

◻らじらー

ずっと伊野尾くんはラジオをやればいいのにって思っていた。
声が特徴的だから覚えてもらえるし、頭いいから話も面白いし。
でも伊野尾くんだけだとどこかつまらなそうだなとも思っていて、光くんと決まったこのラジオは絶対面白いと思った。
同い年で仲がいいけれど、人間性は真逆な二人。
いのひかでラジオをと企画してくださった事務所かNHKの方有難うございます。

◻カラフト伯父さん

行かなかったことを後悔してます!!!!
結構大学が忙しかったのと金がなかった、、

舞台が終わってからの伊野尾くんの仕事への取り組み方がなんだか変わったように感じた。
ラジオにおいても、なんというか発声が良くなったというか。
この三人舞台で演技力だけじゃなくて、沢山のことを教わったんだろうなって思う。

24時間テレビ

今年は来るかもしれない、そう思ってた。
みんな怒濤でお仕事が決まっていって露出が増えて。
そんな中でV6さんとの24が決まって。
ついにJUMPが!!という感じだった。

そして世にいう伊野尾革命。
(個人的には伊野尾革命はコンサートのグッズが急に売れだしてファンが言い出したのが始まりだと思っているけどAKBの神セブンっていう単語みたいなもんだよな)
岡田くん本当に有難うございます
伊野尾担が声を大にして言いたかったことを公共の電波でやっと大々的に発信してかれたというか。
それまでも亀が伊野尾くん!!!って少プレで言ってくれたり、滝沢くんが歌舞伎で話題に出してかれたりしてて少し事務所から何か言われてんのか?と思ったりもしたけど笑

私としては、髪を切って髪型が可愛くなったこと、先輩に可愛いってテレビで言って貰ったこと、芸人さんの間で話題になったこと、事務所が仕事を持ってきたこと、全部きっかけに過ぎないと思っている。
だって伊野尾くんは元々可愛かったから。
2008年の時点で伊野尾くんが可愛くてファンになった。
元々雑誌だとかメイキングだとかの発言の端々が面白くて、それがやっとメディアでの発信する場所をつくってもらえた。
魅力があるってだけじゃなくてそれを発信するってことがやっぱり大事だなあと改めて思った。
伊野尾くん本人は今までとなんら変わってないもんなあ。

年末のカウコンは家庭的に行けないので実家でテレビで見ました。
はしゃいでるJUMP可愛すぎてしんどかった。
未だにDVD化求めてます。

【2016】

そして決まるめざましメレンゲ
ここまで怒濤でくると推されてるから仕事決まったんだって言われても反論できないけど、でも貰った仕事をものにできるかは本人次第。
1年で降板されずに今も続いてるってことは、ちょっとでも認めてもらえたからなのかなと思う。

そしてここでやっとFCに入りなおす。
前回は8万台だった(コンサートに行けないからと発足当初は入らずちょっと経ってから入った)のがその時点で30万台。
え、まってもしかしてJUMPって推されてるだけじゃなくて売れてる????
って気づいた。(遅い)

◻真剣SUNSHINE

ついにきた伊野尾くんから始まるA面シングル、、、、
全私が死んだ
可愛さしかない。
いやかっこいいのか。(混乱)
ソロパ長くない?
こんな長く伊野尾さんの声聞いて大丈夫?
致死量じゃない?
可愛すぎて死にそう(大混乱)

◻ドクターX

氷上の貴公子、、、、、
美しすぎてしんどい

◻そし誰

本当にびっくりして。
あんなアイドルアイドルしてない、ちゃんと「俳優」としてドラマに出れるようになったんだって。
贔屓目も入ってたかもしれないけれど、それでも他の知り合いに半沢直樹に裕翔くんが出たときみたいな反応が見られて本当に誇らしかった。
よくコンサートの挨拶で、大ちゃんとかが「みんなが胸をはってJUMPのファンですって言えるように」なんて言うけど、
もう十分誇らしいよ、、、、

あの棒演技FilmFestaから3年、伊野尾さん成長著しすぎでは(もんぺ)

◻Hey!Say!JUMP LIVE TOUR 2016 DEAR.

そしてついにコンサートに行った。
私にとって3年ぶり、俗に言う矢印コン以来のJUMPのコンサートだった。
何に驚いたかって、

伊野尾さんに沸きすぎじゃない!?!?!?

私の記憶では、一番歓声が上がるのは山田さんで、伊野尾くんはほんとに伊野尾担くらいしか反応してないんじゃないかってくらいだった。
そしてアリーナに入ったとして伊野尾担は1ブロックに1人いればいい方な時もあって、
同じブロックにいると、伊野尾くん担私以外にもいる!!!とうれしくなるくらいだった。
それがどうだ。
見渡すばかりの伊野尾くんのうちわ。。。。
この3年、CDの歌割が増えていたりメディア露出の増加で喜んでいたけど、
現場では伊野尾君を取り巻く環境がこんなに変わっていたんだとびっくりした。
勿論twitterで伊野尾担めっちゃ増えた!みたいなレポも見てはいたけど実際目にすると本当衝撃的だった。
伊野尾くんここまで頑張ってきてよかったね(涙)
そして雑誌で「JUMPに恩返しをしたい」と語っている記事をみてまた涙。

【2017】

◻運動会

その直前のJrでデジチケ問題起きてたから怖かったけど普通に入れた。
でも長蛇の列すぎてすごかった。
ロバ丸でハルカナ歌ってめっちゃ沸いた。
しかも仮面ペンラ電池つかなくてKAT-TUNの銃ペンラで行ったから外から見ればただのハイフン
(この銃ペンラも途中で電池切れた)
やぶひか大抜擢にひたすら沸いた。(誰担だこいつ)

ピーチガール

そしてついに映画主演
もうここまで急展開過ぎてほんとにまったりオタクはついてけなかったよ。。
可愛かったです。以上。

(長すぎて大分雑になってきた)

◻I/Oアリーナツアー

外れたので行けませんでしたーーーーーー
トビラのC&Rしたかったです。
なくしーものHey!にー気をSay!とーらーJUMP!れー

◻I/Oドームツアー

京セラ12/8,12/9行きました!!!!

初日、何するのかなーどうせシングルメドレーとやったとしてもビトラ先輩辺りだろ
まあでもイベントでやったからエンドリはやるはず!!
とエンドリだけに期待をしていました。
JUMPのセトリには期待するだけ損をする
これが9年のJUMP担生活の中で出した私の結論でした。

そして始まったコンサート

ナニコレ

細かいことはもう長くなりすぎているので後でツアー終了後にツアーまとめとして書こうと思います。
ただ、正直私はこのドームが終わったらJUMPの現場はもう行かなないかな、
そう考えていました。
ここまで読んでいただいた方(いるのか?)
は分かる通り、後半大分雑です。
伊野尾革命後めっちゃ雑。
というかあんま覚えてない。
売れ始めてから、中高生のころは欠かさず買っていた雑誌もあまりチェックしなくなった。
レギュラー番組は録画してみているけど、しむ動とかあんま見てないしめざましもそんな見てない。
伊野尾さんに冷めたのかな?
と思っていた。
売れてないタレントを売れるまで応援するのが好きだったのかな、SixTONESに降りようか、とも思っていた。
年が明けたらKAT-TUNも復活する(願望)し、JUMPの更新はやめてKAT-TUNのFCに入ろう、とも考えていた。
でも、初日に入っただけでそんなのはふっ飛んでいた。

やっぱり私が好きなのはHey!Say!JUMPだ。そう思った。

今までさんざんヲタクに文句言われるようなセトリだったJUMPなのに、10周年の締めくくりコンサートでこんなセトリ持ってくるなんて、
ずるすぎる。
こんなん引き留められるにきまってる!!!!!
ずっとJUMP担でいます!!!!!!
一日で決意をひっくり返し気づいたらtwitterで次の日の同行募集を探し、二日目公演に参加していました。
声を掛けていただけて名古屋12/24も行くことになりました。(急展開)

そんなこんなでなんだかんだ来年からもJUMP担を続けようかと思います。

だって、コンサート終わりの挨拶で
「僕たちから離れないでください、、」
って何年か前まで言ってたJUMPのエースに
「みんなの幸せはHey!Say!JUMPが保証します」
なんて10周年の今言われたらついていかないわけないじゃん?(ちょろい)
でも本当に胸熱だった。
10日は入ってないけどレポで見て泣きそうだった。
ずるいよ!!!!

昔みたいに一つ一つの仕事が決まって大喜びすることは少なくなってきた。
でもこのブログを書いて、伊野尾くんにソロパートが増えて一々喜んでいた頃みたいにまた一つ一つを大事にしていきたいなあと思った。

本当に長くなったけれど、綴っていて思ったのはJUMPはまだまだいけるんじゃないかってこと。
この数年でいままでバックにいた伊野尾さんがずいっと前にでてきた。
でもJUMPにはまだまだ知られていないところが沢山ある。
次の革命が来るんじゃないかと思っている。
最終的には伊野尾君がまた後ろのポジションになるかもしれない。
でもそれでもいい。JUMPがもっと大きくなれるなら。

10年、ここまで本当に長かった。
他のデビュー組に比べて、デビューは華々しかったかもしれないけれど
決して順調な10年じゃなかった。
よくエリートって言われがちだけど、そんなことない。
寧ろエリートでしょ、って思われてる分損してきたところも沢山あったと思う。
でも低迷期があったからこそ、今のJUMPがある。
エースのソロデビューですら、ここまでくるための布石だったんじゃないかとすら思う。
ホテルで自分達が何をすべきなのか、変わらなきゃいけない、と9人で話し合った。
あるメンバーは一人屋久杉まで行って考え込んだりもした。
そんな時期があったからこそ、今に繋がってる。

JUMPがもっともっと大きくなって、15周年を迎えられますように。
15周年になったころは大学院も修了して就職しているだろうから、がんばって休みとってツアーに行こうと思います。


そして、
JWDVD化しますように!!!!
ディプナどっかの現場でやってくれますように!!!!!!

ここまで15000字越え、引いた。
どっかで分ければよかった。